小笠原マルベリー

茨城県北茨城市風船爆弾放球基地跡(’22/11月訪問)


 

概要

 

’22/11月、

茨城県北茨城市風船爆弾放球基地跡を訪問。

 

風船爆弾 – Wikipedia

いばらき 戦跡・平和マップ ~戦後70年を迎えて~ 

茨城大学地質情報活用プロジェクト – 忘れじ平和の碑 (google.com)

Hujii6.pdf (eu-kogyokai.jp)

 

 

 

放球台1か所と慰霊碑2か所を見学しました。

 

いずれも、

付近にわかりやすい表示はありません。

 

特に放球台は、

道路から少し奥にあるので、わかりづらいです。

そのため、

場所が特定できる状態で訪問した方がいいかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

現地の様子

 

 

基地跡の説明

 

説明板

 

 

 

 

放球台

 

道路から少しあぜ道を歩く

道沿いには建設会社があり、

そのわき道の奥、樹林の手前にあります

 

放球台の様子説明板 

 

放球台全景

 

 

コンクリートの地上部

円形

 

円形の外側にくぼみ

何かを設置した場所と思われます

 

 

 

 

「わすれじ平和の碑」

 

海沿いにあり、すぐそばに防波堤ああります。

そのs会は砂浜です。

 

海沿いにある

「風船爆弾放流地跡 わすれじの平和の碑」

 

<説明文>

「この辺一帯は、昭和19年11月から昭和20年4月の間、

 アメリカ本土に向けて風船爆弾を放流させた地です。

 背後の低い丘と丘にはさまれ、現在は田んぼに復元されている幾つもの沢に、

 放球台や兵舎、倉庫、水素のタンクなどがされていました。

 これは、極秘の「ふ」号作戦といわれ、

 放流地はほかに、

 福島県勿来関麓と千葉県一の宮海岸、あわせて三ヶ所でしたが、

 大本営直属の部隊本部は、この地にあり、作戦の中心でした。

 晩秋から冬、

 太平洋の上空8千メートルから1万メートルの亜成層圏に

 最大秒速70メートルの偏西風が吹きます、いわゆるジェット気流です。

 風船爆弾は、50時間前後でアメリカに着きます。

 精密な電気装置で爆弾と焼夷弾を投下したのち、

 和紙とコンニャク糊で作った直径10メートルの気球部は

 自動的に燃焼する仕掛けでした。

 第二次大戦中に日本本土から1万メートルかなたのアメリカ合衆国へ、

 超長距離爆撃を実行したのは、これだけであり、

 世界的にも珍しい事実として記録されるようになりました。

 風船爆弾は、約9千個放出し、3百個前後が到達、

 アメリカ側の被害は僅少でしたが、山火事を起したほか、

 送電線を故障させ原子爆弾製造が支障を来たしたという出来事も

 あとでわかりました。

 オレゴン州には、風船爆弾による6人の死亡者の記念碑が建っています。

 ワシントン博物館には、不発で落下した風船の1個が今も展示され、

 深い関心の的になっています。

 しかし、戦争はむなしく、はかないものです。

 もう、二度とくり返さないように努めましょう。

 この地で爆発事故のため、風船爆弾攻撃の日に、

 3人が戦死したことも銘記すべきでしょう。

 永遠の歴史の片隅で人目を忍び、

 いぶし銀のように、ささやかに光る夢の跡です。

 昭和59年11月25日建之」

 

 

風船爆弾犠牲者鎮魂碑

 

放球台付近の道路沿いで、

放球台とは道路を挟んで向かい側にあります。

 

「鎮魂碑」説明板

 

 

鎮魂碑

 

 

 

 

 

風船爆弾の成果

 

資料などによると、

300/9000個がアメリカまで到達したということです。

つまり3%ほどが到達です。

 

実際の被害はわずかだったそうです。

 

もっと研究を進めていたら、

さらに精度は上がったのかもしれませんね。

 

現在の世では、

大陸間横断弾道ミサイルとかあります。

 

でもこの時代で、

太平洋横断兵器は画期的だったでしょうね。

 

北朝鮮は頻繁にミサイルをテストしています。

彼らがミサイルだけではなく、

こんなことやらないことを願います。

 

 

 

 

 

参考

 

国内各地の戦跡

 

小笠原・父島の戦跡

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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