小笠原マルベリー

「戦艦大和ノ最期」(吉田満)


 

 

 

概要

 

 

1952年発行、

「戦艦大和ノ最期」(吉田満)。

『戦艦大和ノ最期』(吉田 満):講談社文芸文庫ワイド|

戦艦大和ノ最期 – Wikipedia

 

初版あとがきは

昭和27年(1952)7月に書かれている。

初稿そのものは終戦直後、

ほとんど一日もって書かれたそうである。

 

文語体で書いた意味については、

おのずから文語体であったそうだ。

 

著者は学生を繰り上げ卒業後、

海軍少尉・副電測士として大和に乗り込んだ。

大和 (戦艦) – Wikipedia

 

そして、

生きて生還した数少ない生き証人。

 

本文を読むと、刻々と変化する状況が述べられ、

まさに生き地獄。

乗員の心情も交えている。

これがまたつらい。

 

著者は、生還のちも、特攻に志願する。

生き残りの後ろめたさに打ち勝たんとする、

その心情も重い。

 

戦場をまさに体験した人の文章、重すぎる。

 

 

 

 

 

目次

 

戦艦大和ノ最期(本文)

 

「戦艦大和ノ最期」初版あとがき

決定稿に寄せて

「鎮魂戦艦大和」あとがき

 

解説/鶴見俊輔

作家案内/古山高麗雄

著書目録

序文・跋文/

江藤淳、河上徹太郎、小林秀雄、林房雄、三島由紀夫、

吉川英治など。

 

 

 

 

参考:大和

 

ブラタモリに登場、大和ミュージアム(2010年訪問・2021年編集)

 

徳之島の戦跡(’17年訪問・再編集版)

 

「若松軍艦防波堤物語」(松尾敏史)

 

 

 

 

参考:吉田氏著書

 

 

「新編 特攻体験と戦後」(島尾敏雄・吉田満)

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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