小笠原マルベリー

北九州市門司港駅周辺戦跡(’18年訪問・再編集板)


 

北九州市門司港駅周辺戦跡(’18年訪問・再編集板)

 

概要

 

2018年5月、門司港駅周辺を訪問しました。

駅や駅のそばには

碑、出征軍馬の水飲み場、帰り水(駅の水飲み場)などがありました。

門司区門司港駅周辺地区の史跡等 (kitahistory.net)

 

戦時中、

門司港からは200万人を超える人が外地に出かけたそうです。

 

そして軍馬も同様です。

国内からの挑発された軍馬が、ここから数百万頭旅立ち、

出征軍馬の水飲み場で、最後に水を飲んだ場所だそうです。

この水飲み場は、

「門司市 畜産組合馬水飲場」と刻まれています。

 

駅の水道ですが、戦後、復員者や引揚者が利用したことから、

「帰り水」と呼ばれるようになったようです。

戦後、戻ってこれて、帰り水を飲めた人は、

さぞかし安堵したことでしょうね。

 

こうやって書いていると、涙が出てきました。

 

 

 

 

 

実際の様子

 

「門司港出征の碑」

 

碑文

「ご存じですか 先の大戦中 ここ門司1号岸壁から

 200万人を超す将兵が はるか南方の戦線に 

 あるいは大陸の戦地へと赴いたことを・・

 そして半数の100万人の将兵は生きて再び故国の地を

 踏むことが出来なかったことも・・

 

 門司港の山河を日本最期の風景としてその目に焼きつけ 

 遠く離れた戦線に向かった多くの将兵を偲び 

 恒久平和を願う不戦の誓いを込めて 

 ここに「門司港出征の碑」を建設しました

 

 近代日本黎明期から 門司港の発展に

 この港湾が重要な役割を果たしてきましたが 

 この碑が忘れてはならない

 歴史の語り部となりますように・・  」

 

 門司港出生記念碑建設委員会

 

「帰り水」

駅の水道ですが、戦後、復員者や引揚者が利用したことから、

「帰り水」と呼ばれるようになったようです。

 

「帰り水」 説明文

 

 

 

「出征軍馬の水飲み場」

 

同 「門司市 畜産組合馬水飲場」 と書かれています。

説明文によると、現存するのはこの1つだけです。

 

説明文

「昭和6年の満州事変勃発から第二次世界大戦にかけて

 日本全国から多くの農耕馬が軍馬として徴発され、

 門司港から軍用船で戦地に渡りました。

 その数は百万頭に及ぶといわれています。

 

 そして、馬は、再び祖国の地を踏むことはありませんでした。

 このため、馬にとって最後のお別れの水を飲んだところと

 なってしまったのがこの水飲み場です。

 

 以後省略・・」  

 北九州市

 

 

 

 

 

参考資料

 

 

 

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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