小笠原マルベリー

「サトウハチロー 落第坊主」(サトウハチロー)


 

概要

 

1999年発行、

「サトウハチロー 落第坊主」(サトウハチロー)。

人間の記録91サトウハチロー – 株式会社日本図書センター

 

もとは

「落第坊主―サトウハチロー随筆集」 (R出版 1971年)。

 

本書は、

詩人として有名なサトウハチローの随筆集である。

サトウハチロー – Wikipedia

 

随筆では、師や友人のこと、野球のこと、

浅草の思い出などが書かれている。

古き良き時代という感じが、随所に出ている。

 

彼が半年ほど暮らした父島のことも、

少し書かれている。

 

僕が本書を読んだわけはそこである。

本文でもそのことが少し記載がある。

 

 

 

 

目次

 

落第坊主

 

母ありてわれあり

 

野球さまざま

 

わが師わが友

 

ボクの浅草 

 

ASAJUSAよ、汝(そなた)こそ   

 

失われていくもの消えてゆくもの

 

 

 

 

 

 

小笠原との縁

 

サトウハチローは

小笠原にわずかに縁がある。

 

15-16歳のころ(1918-1919)、

半年ほど小笠原・父島で暮らした。

不良少年だった彼を更生させるために、

連れてこられた。

付き添いは福士幸次郎。

福士幸次郎 – Wikipedia

 

彼のおかげで、

感化院(修斉学園)には入らずにすんだ。

第30巻(DK300101k)本文|デジタル版『渋沢栄一伝記資料』|

 

父島に滞在中に、

詩を書くようになったようだ。

サトウハチローについて|木曜手帖

 

これらのことは

小笠原諸島歴史日記にも記載あり。

 

「小笠原諸島歴史日記 上・中・下巻」(辻友衛)

 

 

 

 

 

 

飛田穂洲

 

飛田穂洲は、

本文中、野球のことが書かれた部分で登場。

飛田穂洲 – Wikipedia

 

飛田は早稲田と縁が深く、

サトウも早稲田中学に在籍したことがある。

 

なお、これは僕とのご縁だが、

飛田は旧制水戸中学卒で、現在の水戸一高にあたる。

 

校内には飛田氏の像があり、

そこにはサトウハチローの詩が書かれている。

(はじめの詩 まんなかの詩 終わりの詩)

説明_飛田穂洲 – 茨城県立水戸第一高等学校 (ibk.ed.jp)

 

 

 

 

参考図書

 

図書 | 小笠原マルベリー (ogasawara-mulberry.net)

 

 

小笠原・硫黄島関連図書

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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