小笠原マルベリー

硫黄島・西大佐の碑「捧西大佐部隊戦士之霊」


 

 

概要

 

硫黄島東海岸付近にある、

西大佐の碑。

0227-2_02.pdf (mhlw.go.jp) 地図

バロン西と愛馬ウラヌス物語 (xsrv.jp)

 

西大佐とはバロン西のこと。

(生存中は中佐で、戦死後に大佐)

西竹一 – Wikipedia

 

北海道本別町(軍馬補充部十勝支部とバロン西関連)・・’24/5月訪問

 

西大佐は

このあたりで戦死したとされる。

 

ほとんど草木がなく、

黒砂が広がる火山の大地という感じの場所。

 

碑の正面は

桜の絵とともに、碑文がある。

 

標題

「捧西大佐部隊戦士之霊」

 

碑文

「硫黄島  

 散りて散らさぬ  

 もののふの  

 心の櫻 

 咲にほう島」

 

日付・寄贈者

「昭和六十三年秋

 ソウルオリンピック記念

 海洋海洋協会有志」

 

 

裏面には、平成7年8月15日付、

終戦50周年記念の碑が貼られている。

歌が作られたようだ。

 

 

 

 

初訪問

 

’24/7月初旬、

硫黄島にとある業務で訪れた。

 

業務終了後の視察で初訪問した。

 

車でそばまで行けるが、舗装路ではない。

 

銀明水もそこから近い。

 

硫黄島銀明水・・水がしたたりたまるところ

 

 

 

 

 

北硫黄島と南硫黄島

 

 

東海岸付近からは

北硫黄島と南硫黄島が遠望できる。

 

海に向かって左(北)に北硫黄島、

右(南)に南硫黄島である。

 

どちらも三角錐の島なので、

見ただけでは違いがわからない。

方向で確認するしかない。

 

 

<北硫黄島方向> 

 

<南硫黄島方向>

 

 

 

 

 

現地の様子

 

 

眼下にはすぐ海岸が見える

 

碑の高さは人より少し高い程度

 

碑正面

 

 

碑正面

 

碑文

「捧西大佐部隊戦士之霊」

 

「硫黄島  

 散りて散らさぬ  

 もののふの  

 心の櫻 

 咲にほう島」

 

「昭和六十三年秋

 ソウルオリンピック記念

 海洋協会有志」

 

 

 

 

碑裏面

 

平成7年8月15日付、終戦50周年記念

歌が作られたようだ。

 

 

碑の内陸側

少し奥は崖地に

海岸段丘のような地形

 

碑のまわりは地熱のせいか草木が生えていない

 

同上

 

 

 

参考

 

硫黄島・南鳥島

 

小笠原・硫黄島関連図書

 

「硫黄島に死す」(城山三郎)

メールでのお問い合わせはこちら

メールでのお問い合わせ

マルベリーでは、山歩き(千尋岩)、森歩き、戦跡ツアー、スター&ナイトツアー、サンセット・ナイト、歴史ツアーなどを開催しております。

    は必須項目です。必ずご記入ください。

    お名前

    ふりがな

    メールアドレス

    ご住所


    お電話番号

    お問合せ内容

    個人情報の取り扱い

    個人情報保護方針に同意し、送信する

    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

    この著者の記事一覧

    コメントは受け付けていません。


    関連記事RELATED ARTICLE

    PAGE TOP