小笠原マルベリー

新装版「箱根の坂 上・中・下」(司馬遼太郎)


 

 

概要

 

 

1984年発行、

「箱根の坂」(司馬遼太郎)。

(文庫は 新装版上・中・下全3巻)

『新装版 箱根の坂(上)』(司馬 遼太郎):講談社文庫|

『新装版 箱根の坂(中)』(司馬 遼太郎):講談社文庫

『新装版 箱根の坂(下)』(司馬 遼太郎):講談社文庫

箱根の坂 – Wikipedia

 

 

伊勢新九郎(北条早雲・北条庵宋瑞)の生涯を描く。

北条早雲 – Wikipedia

 

早雲は前半生があまりわかっていない。

著者は

「小さな破片を集め・・・造形した」という。

 

歴史的には

北条早雲は後北条家の初代。

領国経営を始めた人物で戦国のさきがけ。

 

早雲はかなり長生きした。

88歳で亡くなる。

 

 

 

 

 

内容

 

 

物語のはじめは、

のちに早雲の配下となる人物のことから始まる。

早雲は京で鞍作りをしていた。

 

そのころ

義妹・千萱(のちの北川殿)が駿河へ嫁入り。

北川殿 – Wikipedia

 

北川殿の婿・今川義忠が亡くなったのち、

早雲は駿河へ。

 

興国寺城主になってから、領地経営を行うようになる。

興国寺城主経て、伊豆さらに相模を平定した。

 

早雲はかなり長生きした。

京に長くいて、駿河から先は40代半ば以降となる。

相模を平定したのは85歳のときで、

その後、88歳で亡くなる。

 

長命な早雲ゆえ、

物語もじっくり書かれていて、3巻にわたる。

 

生涯にはいくつかの戦いがある。

戦いそのものよりも、

そこに至るまでの経緯の方がより詳しく描かれる。

まさにじっくり方の人生であった。

 

 

 

 

 

 

タイトル:箱根の坂

 

 

早雲が箱根の坂を超え、

小田原などを領地としたのは晩年である。

 

京、静岡、伊豆を経てのこと。

 

早雲が箱根の坂を超えることで、

領国制が始まり、戦国時代の幕開けとなった。

 

著者はあとがきで、

「さまざまな象徴性をこめてつけたつもり」という。

「早雲は越えがたき坂を超えたのだと思った」とも。

 

 

 

 

 

 

税については、早雲の手法は参考になる。

 

早雲は領地の税を安くして、

民の生活を楽にさせている。

それは早雲への信頼ともなっていた。

 

早雲自身は質素な生活をしていた。

 

たしかに、税が安い方が、

可処分所得も増え、活気が出るであろう。

(日本は貯蓄する方も多いだろうが)

 

受け売りだが、

過去に、税を安くしてつぶれた国はないという。

(真偽は不明)

 

現在の日本は、

何かと税をつけて、重税感がある。

国民は負担にあえいでいる。

 

日本の為政者も

こういう本を読んでよく考えてほしいと思う。

 

今後の日本はどうなるのか?

 

 

 

 

 

 

参考:司馬氏作品

 

司馬遼太郎 | 小笠原マルベリー

 

 

静岡県庁別館から見下ろす駿府城公園(’21/5月再訪)

 

 

メールでのお問い合わせはこちら

メールでのお問い合わせ

マルベリーでは、山歩き(千尋岩)、森歩き、戦跡ツアー、スター&ナイトツアー、サンセット・ナイト、歴史ツアーなどを開催しております。

    は必須項目です。必ずご記入ください。

    お名前

    ふりがな

    メールアドレス

    ご住所


    お電話番号

    お問合せ内容

    個人情報の取り扱い

    個人情報保護方針に同意し、送信する

    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

    この著者の記事一覧

    コメントは受け付けていません。


    関連記事RELATED ARTICLE

    PAGE TOP