小笠原マルベリー

弟島に残る2つの墓(2021年再確認)


 

弟島に残る2つの墓(2021年再確認)

 

概要

 

’21/4/14、行事の下見で弟島を歩きました。

 

縦走路沿いには墓が2つ残っています。

 

1つは平成17年に建立された新しいもの。

もう1つは、戦前から建立されていたと思われるもので、

崩れてバラバラになっていました。

 

この墓は2001年時点ですでにこの状態です。

弟島写真集 (ogasawara-mulberry.com)

 

 

今回、周辺をきれいにしてきました。

壊れた墓も組み合わせてみました。

 

弟島に

さらに他にも墓があるかどうかは分かりません。

 

 

 

 

平良家墓

 

この墓は、

島民が依頼を受けてこの地に建立したそうです。

当時の様子や平良家のことは不明です。

平良家は戦前の弟島住民であったのでしょう。

 

表面  平良家 

 

裏面

平成17年4月4日 平良シズ建立  

 

 

 

 

壊れた墓

 

詳細は不明ですが、

建立は少なくとも、戦前であろうと推定します。

バラバラになっていました。

組み合わせると、「法蓮華経」の文字がならんでいました。

本来はさらに上に「妙」もあるだろうと思います。

五輪塔なので、日蓮宗のお墓でしょう。

建立されてる人の名前は入っていません。

 

 

組み合わせた状態  法蓮華経と読めます

さらに上に妙もあるはずですが、見つかりませんでした

 

バラバラになっていた状態

このあと掃除して墓も組み合わせました

 

 

 

見るには?

 

残念ながら、弟島は観光での上陸は認められていません。

現在は調査・研究・作業に限ります。

 

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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