小笠原マルベリー

陸軍父島要塞巽谷砲台(露天)


 

陸軍父島要塞巽谷砲台(露天)

 

概要

 

父島では大戦前からの砲台跡はそれほどなく、

大村第一~第四砲台と巽谷砲台ぐらいのものです。

 

以前、陸軍巽谷砲台の調査に出かけました。

使ったルートは西海岸から沢筋を上りたどりつきました。

西海岸付近からは当時の道らしく跡が続いていました。

 

巽谷砲台には

砲測弾薬庫や砲座などが見つかりました。

建物跡と思われるものが2ヶ所。

 

この砲台には

1940年、三八式十二糎榴弾砲が4門据えらました。

ただし、戦争末期に移設され、朝立岩付近に2門残っています。

残り2門は母島に運ばれたようです。

 

砲台から東側にやや離れた定平山には

照空灯(探照灯)と発電機と思われる残骸がありました。

照空灯は百五十糎照空灯だったようです。

 

巽谷砲台は

父島南東部にあり、車道もなく、アクセスは徒歩のみです。

片道2時間ほどかかります。

ですので、僕自身も2-3回ぐらいしか行ったことがありません。

 

 

 

 

 

現地の様子

 

砲台跡

 

砲側弾薬庫

 

別な砲側弾薬庫

 

弾薬庫内部

 

弾薬庫内にあった金属箱

 

岡田乾電池(岡田電気商会) のちの東芝電池

 

建物の一部

 

建物の一部

 

 

定平山に残る発電機の一部  照空灯への電力供給

 

定平山に残る照空灯の一部

 

 

 

 

 

訪れるには?

 

ここは、かなりアクセスも悪いし、

ルートからそれるので、ガイドすることはできません。

 

2つの大砲が移設された朝立岩の砲台はガイドできます。

ここも徒歩1時間以上かかります。

 

朝立岩付近にある戦争末期の巽谷砲台

 

戦跡ツアー

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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