「豊臣家の人々 新装版」(司馬遼太郎)
目次
概要
1967年発行、角川からは1971年発行、
角川新装版は2008年発行、
「豊臣家の人々 新装版」(司馬遼太郎)
「豊臣家の人々 新装版」 司馬 遼太郎[角川文庫] – KADOKAWA
豊臣秀吉に縁の深い10人の人物の生涯を描く連作短編。
ただし淀君と秀頼は1つの短編に含まれます。
この本では秀吉は脇役です。
10人とは、登場順に、
豊臣秀次(養子)、小早川秀秋(養子)、宇喜多秀家(養子)、
北の政所(正室)、豊臣秀長(弟)、朝日姫(妹)、
結城秀康(養子)、八条宮智仁親王(猶子)、
淀君(側室)と豊臣秀頼(実子)などです。
秀吉
秀吉は、病を患い、
秀頼の将来を思い煩いながら世を去りました。
貧しい家から天下人まで上りつめて、
幸福な人生だったと思います。
でもその親族はどうだったでしょうか?
秀次は切腹、小早川は若くして急死、
宇喜多は長生きすれど島流し、
北の政所は天命を全う、
秀長は病死(52才)、朝日姫は病死(47才)、
秀康は若くして病死(34才)、八条宮智仁親王は病死(51才)、
淀君、秀頼は大坂夏の陣で自害。
(この時代、50ぐらいでなくなるのは、
決して早死にではなかったでしょう)
彼らの編を読むと、
秀長と北の政所はまずまずの人生だったのでないでしょうか。
秀吉は正室・側室多くいましたが、
子どもができづらかったようで、その点では苦労しています。
養子や猶子で、跡を継がせようとしたりもしています。
それが、秀次、秀秋、秀家、秀康、八条宮智仁親王などです。
のちに淀君に子どもができて、いざかいの元にもなっています。
豊臣家は
わずか30年(1585-1615)の歴史しかありません。
でも織田の時代を合わせて、安土桃山時代と言われるぐらいです。
秀吉が日本史の1ページを作ったのは間違いないですね。
秀吉の実績などからすると、彼の時代が長く続いたら、
日本の産業革命や近代化はもっと早く起きていた可能性もありますね。
しかし、徳川の時代となり、農本社会が長く続きました。
参考
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