「玉砕の硫黄島に生きた 混成第二旅団野戦病院」(野口巌)
概要
2021年発行、
「玉砕の硫黄島に生きた 混成第二旅団野戦病院」(野口巌)
玉砕の硫黄島に生きた 混成第二旅団野戦病院 | 書籍案内 | 文芸社
はじめ、1984年、私家版として刊行。
この新装版はご子息の忠男氏によるものです。
3度目の招集が来た1944/11月から、
終戦で復員の1946年3月までが描かれています。
内容
野口巌氏は
軍医として3度も招集されました。
3度目の招集は1944年11月。
硫黄島にある混成第二旅団野戦病院棟として赴任。
赴任は1945年1月。
硫黄島 | 小笠原村公式サイト (vill.ogasawara.tokyo.jp)
その後、硫黄島は戦場になります。
文章は淡々と書かれていますが、
実際には修羅場や地獄絵図だったでしょう。
言葉にはできないような、
すさまじい経験をされたものと思います。
そのさなか、
「万国赤十字条約」を思い出します。
それにより、野戦病院スタッフは窮地を脱します。
さらにその後は、
戦場となっている沖縄に送られ、医療業務を続けます。
そして、終戦を迎え、復員しました。
硫黄島で医療に携わった方の、
生き証人としてうそ偽りのない文章です。
何人かの部下を失い、
悔いる面もかなりあったかと思います。
参考
この訪島では
医療関係の医務課壕も入りました。
戦前の硫黄島も舞台の1つ
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