小笠原マルベリー

「空海の風景(上・下)」(司馬遼太郎)


 

 

目次

概要

 

1975年発行、

「空海の風景 (上・下)」(司馬遼太郎)。

空海の風景(上) -司馬遼太郎 著|文庫|中央公論新社 

空海の風景 – Wikipedia

 

初出は中央公論の連載。

当時のタイトルは、『「空海」の風景』。

 

上・下2巻で、空海の生涯を描く。

 

空海は宗教界で特筆すべき人である。

ただし、1000年以上前の人ゆえ、

分からないことも多々あるよう。

そういうことも踏まえて著者は記す。

 

司馬氏の歴史小説は、主人公が生き生きと描かれる。

読んでいると、今でも目の前に出てきそうである。

 

しかし、

この小説はちょっと雰囲気が違う。

 

空海がいた世界を、

「空海の風景」というとおり、俯瞰してる感じである。

 

あとがきにあるが、

「見たようにして書くことはできそうもない」と言う。

「筆者自身の期待を綴って行くその経過を書き記しただけ」

とも言う。

 

ともかく、

本書は空海の魅力がしっかり伝わっていると思う。

 

同時代には顕教の最澄もいる。

最澄と空海は、

生き様がかなり対照的に描かれている。

結果として、

この小説では、最澄が空海の引き立て役となっている

最澄 – Wikipedia

 

 

 

 

 

空海

 

空海とは・・・。

 

空海 – Wikipedia

弘法大師 空海の生涯と教えと即身成仏について (true-buddhism.com)

弘法大師空海とは – 大本山 弘法寺 (koboji.jp)

弘法大師空海|東寺 – 世界遺産 真言宗総本山 教王護国寺 (toji.or.jp)

 

言わずと知れた弘法大師、

日本に真言密教をもたらし、日本の真言宗開祖。

唐に渡って短い期間に密教の伝授を受け習得、

恵果のあとを継ぎ、真言八祖となる。

 

読んでいて感じるのは、

知識の吸収において、天才なんだろうということ。

それは宗教だけでなく、言語や書についても。

 

それだけではなく、

世間を冷静に見つめていた節もある。

 

人生のそれぞれの転機において、

空白の時期がある。

修行の時期、唐に渡った時期、日本に戻った時期など。

充電期間といえば、それまでだが、

間違いのない次のステップへの準備をしていたのだろう。

 

また運も味方したこともあると思う。

特に遣唐使船はそうだ。

往路も帰路も。

 

唐や日本で、

政の世界ともうまくかかわったようである。

 

宗教界のスパースターである。

 

 

 

 

 

参考

 

「『空海の風景』を旅する」( NHK取材班)

 

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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