山形県米沢市「上杉神社」付近の慰霊碑(’26/5月)

目次
概要
’26/5月、
山形県米沢市上杉神社を初訪問。
上杉神社はかつて米沢城があった場所。
現在は周辺も含めて
松が岬公園となっている。

<公園の神社付近マップ>
上杉神社敷地内とその付近には、
戦争関連の慰霊碑があったので紹介する。
気づいたのは3つの碑。
上杉神社に「招魂碑」、春日神社に「傷痍之碑」
松が岬第2公園に「慰霊の碑」などが建立。
oukanokizuna.web.fc2.com/cyukonhi/cyukonhi-ichiran.html
ちなみに、春日神社は上杉神社の奥に、
松が岬第2公園は上杉神社手前にある。
いずれも近い。
現地の様子
上杉神社「招魂碑」

神社参道
碑全景
建立は1978年(明治11)4月
戊辰戦争、西南戦争の戦死者の慰霊、
日清・日露戦争の戦死将兵も合祀

碑の説明

碑正面
招魂碑
齋藤篤信謹書

裏面下部
戦死者名簿
春日神社「傷痍之碑」

上杉神社の奥手にある春日神社

碑全景
米沢市の傷痍軍人の慰霊の碑
建立は1982年(昭和57)5月1日、
米澤市傷痍軍人会、米澤市傷痍軍人妻之会による。

碑正面
恒久平和
傷痍之碑
米澤市傷痍軍人会
米澤市傷痍軍人妻之会

碑裏面
趣意書
ああ
過ぎしいくさの日日を憶えは
痛ましくも悲しく万感胸に迫る
時まさに風雲急を告げ青春の血を燃やし国難に殉せんと
祖国遥かに陸海空の戦陣に召されるや
護国の大任に就き戦傷病を負い戦列を去ったわれら傷痍軍人は、
昭和20年8月15日痛恨と慟哭の裡に終戦を迎えた
国破れて山河あり
傷痍の身に生命の灯を点し帰郷したわれらは、
以来耐え難き苦悩と心身の障害を克服
祖国再建 平和布求の決意も新たに再起し
妻とともに相寄り相扶な生活を刻み心魂を傾け
生きてきた生きざまを省みるとき
恒久平和 祖国郷土の発展 家運繁栄を衷心より記念して止まず
願わくはこの熱き思いを込めたわれらの志を永く伝えるべく
四季美しく神鎮まる城址の丘に傷痍の碑を建立
協賛会員一同の名を刻み
鎮魂のため
上杉神霊の加護を祈願奉納するものである
昭和57年5月1日
米澤市傷痍軍人会、
米澤市傷痍軍人妻之会
(原文と改行位置などは異なる)
松が岬第2公園「慰霊の碑」

碑全景
建立は1995年(平成7)9月、
米沢市遺族連合会、
米沢市遺族共励会(婦人部・青壮年部)による

碑正面
右手:
ふるさとの父母(ちちはは)想ひ
妻や子の
やすらかなれと
祈りつつ
平和を願い
散りし魂
中央:慰霊の碑
左手 :次項記載

碑左側碑文
戦後50年の節目の年に当り、
あらためて、あの太平洋戦争を顧みながら、
世界の恒久平和と、
御霊の永遠の安寧を願うとともに、
あの痛ましい悲惨な戦争体験を風化させることなく、
戦争を二度と起こさない証として、
ここに慰霊碑を建立する
平成7年9月
米沢市遺族連合会
米沢市遺族共励会
婦人部
青壮年部
(改行位置は原文と異なる)
参考記事
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