海軍第三百三設営隊居住壕(電信山)
目次
海軍第三百三設営隊居住壕(電信山)
概要
父島の海軍設営隊は303と209の2つの部隊があったようです。
電信山の稜線近い所には、
海軍第303設営隊の居住壕がいくつか残っています。
ここからは、
山を下りると、奧村の海軍特別根拠地隊司令部がすぐです。
複数の壕の中で、釣浜口から一番近い壕を紹介します。
内部には、かまどや貯水槽もあります。
壕の中で十分生活できるようになっています。
出入口は複数あります。
さらに、縦穴で上へつながるところもあります。
上はまさに電信山歩道上にあります。
監視場所になっていたのでしょう。
上から下への通路は僕は通ったことがありません。
これは素朴な疑問です、
居住壕なのだから、もっと電信山のふもとのほうでいい気がします。
どうして、稜線近い上の方に作ったのでしょうかしら?
第二百九(209)設営隊の陣地はふもとで、
清瀬信号付近から奧村にかけてにありました。
そのため303は電信山の上になったのかもしれませんね。
清瀬信号付近には
「第二百九設営隊戦没者之碑」が残ります。
現場の様子
大型のコンクリート製貯水槽 内部には3つあります
3つのうち1つはいまだに水がたまっています。
上の岩から浸みてくるのでしょうか?
貯水槽の上には短い鍾乳石
貯水槽の蛇口
かまど
かまど
第二百九設営隊戦没者之碑
「第二百九設営隊戦没者之碑」清瀬信号付近にあります。
この碑はもう正面の文字が完全に消えています。
裏側の日付、昭和20年11月24日建之。
同隊の方が戦後、島から引揚げる前に立てたのですね。
二百九はこの近辺に部隊の本部があったため、
この場所に慰霊碑を設置したたようです。
この碑のすぐ近くの壕もこの部隊の居住壕であったようです。
訪れるには?
303居住壕は、
駐車場から5-10分ほどで、わりと近い場所にあります。
上の監視場所が歩道沿いにありますが、
ここから内部に下りるのは危険です。
複数の出入口は樹林の中や岩場のわかりにくいところにあります。
戦跡ツアーではたまに訪れます。
リクエストがあれば、確実に訪れます。
なお209戦没者之碑は清瀬信号付近にあるので、
すぐ分かり、自由に訪れることができます。
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