小笠原マルベリー

名古屋陸軍補給廠関ケ原分廠・玉の火薬庫(’21/5月訪問)


 

名古屋陸軍補給廠関ケ原分廠・玉の火薬庫(’21/5月訪問)

 

概要

 

’21/5月、関ケ原を訪問しました。

 

目的は合戦場ではなく、火薬庫です。(あとで合戦場も少し行きました。)

関ヶ原で戦跡というのは、一般向けにはほぼ認知されていないと思います。

実は、僕もあまり知りませんでした。

 

ここにあったのは、名古屋陸軍補給廠関ケ原分廠で、

通称・玉の火薬庫といわれています。

 

火薬庫MAP1.pdf (jogen.jp)

火薬庫MAP2.pdf (jogen.jp)

 

この場所は、関ヶ原のまちなかをぬけて、

さらに西の方ににある関ヶ原鍾乳洞に向かう道沿いです。

関ヶ原鍾乳洞 (plala.or.jp)

 

大規模な火薬庫で、

洞窟式5,半洞窟式15,乾燥火薬庫1,地上清涼火薬庫28などでした。

 

現在見学できるのは

門柱、立哨台、洞窟式火薬庫、地上清涼火薬庫土塁などです。

洞窟式火薬庫は5つのうち、1つだけ内部見学できます。

 

 

 

 

現場の様子

 

説明板

 

 

 

 

 

 

 

 

門柱・立哨台

 

門柱すぐの立哨台

 

洞窟式火薬庫そばの立哨台1

 

洞窟式火薬庫そばの立哨台2

 

説明板

 

 

 

洞窟式

 

5つ残るうち、内部まで公開しているのは1つ。

 

洞窟式火薬庫構造

 

入口遠望

 

入口付近

 

通路部

 

外庫から内庫を望む

 

内庫

 

通路から外を望む

 

入口の鉄扉 (非公開)

 

なお洞窟式火薬庫は、

父島や奄美大島に残る弾薬庫とほぼ同じつくりになっています。

そのため、内庫には銅板が張られていたのでないかと推定します。

 

陸軍弾薬庫比較・・奄美大島瀬戸内と小笠原父島

 

 

 

 

 

半洞窟式

 

私有地につきき見学不可(外部からの撮影)

 

 

 

 

地上清涼火薬庫

 

このトンネルの奥に地上火薬庫がありました

 

地上火薬庫のあった場所

 

 

 

 

戦跡参考記事

 

国内各地の戦跡

 

小笠原・父島の戦跡

 

戦跡ツアー

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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