小笠原マルベリー

南島・・今・昔(現在と幕末ごろとの比較)


 

概要

 

父島の南西部には、

石灰岩でできた南島がある。

 

小笠原に来なくてはいけない理由、その2「南島・扇池が美しすぎる」

 

南島は

幕末のころに書いた絵図が残っている。

(小笠原嶋図絵)

 

サメ池周辺と内部のドリーネ(陰陽池、扇池)が

絵図に描かれている。

 

そのころの絵図を見ると、

ほとんどが尖った岩山となっている。

樹木は

ごく一部にタコノキが描かれている程度。

 

この絵図が正確であるとすれば、

そのころはあまり植物が生えていなかったと

考えられる。

 

現在の南島は、

植物にかなりおおわれ、青々としている。

尖った岩が露出して見えるところは、

それほど多くはない。

 

現在の状態を絵師が描けば、

幕末の絵とはずいぶん違うだろう。

 

さて、幕末の南島の様子、

どこまで見たままを写実していたのだろうか?

 

 

 

 

 

現地の様子

 

 

サメ池周辺

 

幕末の絵図

一部の尾根の上にタコノキ群落

他は岩山

 

 

現在の様子

尾根は緑におおわれる

尾根上にタコノキはない

 

 

 

 

 

内部のドリーネ

 

 

幕末の絵図

こちらもほんど岩山

陰陽池周辺にタコノキ群落

 

 

現在の様子

おおむね緑に覆われ

陰陽池付近にタコノキはない

 

 

 

 

南島へ行くには

 

ボートツアーで行くことになる。

業者さんに問い合わせいただきたい。

(業者についてのコメントは控える)

ドルフィンスイム&南島 – 小笠原村観光協会 

 

なおマルベリーは陸域専門なので、

南島は山から遠望するだけだ。

各種ツアーで遠望できる。

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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