小笠原マルベリー

海軍宮之浜平射砲台


 

 

概要

 

宮之浜の東と西にある平射砲台で、

当時は第21平射砲台といわれていたようです。

 

東西の砲台とも、狙いは西側の方で東側には向いていません。

西島側からの兄島瀬戸に侵入する敵を迎え撃つという状況です。

ただ砲は十二糎で射程も長いので、狙いは西島よりもっと外かもしれません。

 

西側は十二糎高角砲2門が据えられていました。

1門は砲身の残骸が残っています。

 

東側は正確にはわかりませんが、

残骸から見ると短十二糎の砲2門のようです。

 

東側には

さらに重油タンク・貯水タンクと思われるものが残っています。

 

貯水タンクは入口にあります。

内部に重油のタンクがあり、

金属タンクとコンクリート槽があって、地下でパイプが通っているようです。

コンクリート槽はバルブがあり、ひねると今でも重油が出てきます。

 

この槽は貯蔵の場所だったのでしょうか?

ここにためた重油は、

どういう風に利用していたのか、しりたいものです。

 

 

 

 

 

西側の砲台

 

西側は十二糎高角砲2門が据えられていました。

1門は砲身の残骸が残っています。

 

西側 1

 

西側 2

 

 

近くの壕には

辻隊と書かれたドラム缶が残っています。

 

洞窟陣地に残る「辻隊」と書かれたドラム缶

 

 

 

 

 

東側の砲台

 

正確にはわかりませんが、

残骸から見ると短十二糎の砲2門のようです。

 

東側  1

 

東側 2

 

東側からの展望

 

重油タンク

 

コンクリート重油槽

 

 

 

 

見るには

 

道からは少しそれるので分かりづらい場所にあります。

 

ツアーでは東側の方だけ希望があれば見学可能です。

岩がややもろいところもあるので要注意で。

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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