マルベリー

父島の震洋隊基地3ヵ所


 

 

父島の震洋隊基地

 

戦争末期に編成された震洋隊。

小さな船(モーターボート)での攻撃が任務。

要するに船の特攻隊です。

 

加計呂麻島の実物大レプリカ

 

国内外で、全部で150近い部隊があったようです。

 

部隊は通し番号がついています。

小笠原は第1から第5までがありました。

 

父島は第1釣浜、第2宮之浜、第5巽湾(中海岸)です。

(母島は第4西浦、第5東港)

 

いずれも、

小笠原の部隊は幸い出撃はなかったようです。

 

父島の3ヵ所は、船の格納庫だった壕が複数残っています。

1つの部隊に50艇ほどあったといわれています。

 

宮之浜と釣浜の格納庫は、いずれも奥行30M、幅5Mぐらいあります。

入口はそれより狭めになっていることもあります。

 

 

中海岸はアクセス悪いので、

もう10年ぐらいは行ってなくて、新しい情報がありません。

 

壕ができて、75年以上経ちます。

中には鍾乳石がのびているところもあります。

壕の年数がはっきりしているので、年間の伸び具合も推定できますね。

 

 

この3つの海岸。今は美しい光景が広がっています。

過去にそんな場所だったことを知らずに来る人もいいことでしょうね。

 

釣浜

 

 

宮之浜

 

中海岸

 

旧ブログの震洋記事

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この記事を書いた人

吉井 信秋

大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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