小笠原マルベリー

ニッサン(日産)の軍用車残骸


 

日産の軍用車残骸

 

概要

 

千尋岩ルートに残る日産の軍用車です。

エンジンに

カタカナで「ニッサン」と刻印があります。

 

トヨタ・ニッサン軍用車のエンジンにつくマーク

 

日産(ニッサン)軍用車につくロゴマーク

 

僕が持っている資料では

九七式日産式4×2キャブ・オーバー型トラック

(九七式四輪自動貨車)が出ていました。

 

(九七とは皇紀2597年、昭和12年のこと)

エンジンはガソリン、水冷6気筒、

Ⅼ型ヘッド(サイド・バルブ)。

 

実際にはこの残骸が

この型式かどうかはわかりません。

 

 

残っているのは

エンジン、前・後輪タイヤ、シャフト、ラジエーター、

荷台のフレームなどです。

この車はタイヤもそれほどひどくなっていません。

 

ここに置き去りの理由は推定しにくいです。

エンジンの故障かしら?

 

今は山道となって歩くだけの道も、

戦時中はこういう車が走った道。

こういう道は軍道ともよばれています。

そのころはあたりももっとひらけていて、

道も石畳になっていたようです。(推定)

 

戦時中の写真は

皆無といってもいいぐらい見たことがありません。

この道に自動車が走っていた写真があれば、

見たいものだし、超レアです。

 

 

 

動画

 

動画でも、

エンジンの横側にニッサンと刻印が見えると思います。

 

 

 

 

トヨタ製

 

トヨタの軍用車残骸

 

 

 

 

見るには?

 

この車も千尋岩コースで見られます。

 

千尋岩(ハートロック)コース

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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