小笠原マルベリー

奄美大島、豊予、父島・・同時期に設置された要塞


 

概要

 

奄美大島、豊予、父島、膨湖島の4つの要塞は

要塞整理要領に基づき、大正末期の同時期に設置されたものです。

(澎湖島は明治時代にも要塞設置)

 

奄美大島は南部の瀬戸内町や加計呂麻島のあたりです。

奄美大島要塞 – Wikipedia

 

豊予は豊予海峡のあたりで、大分と愛媛にまたがります。

豊予要塞 – Wikipedia

 

澎湖島は台湾にあります。

澎湖島要塞 – Wikipedia

 

現代本邦築城史 第2部第14巻 父島要塞築城史 (吉井編集)

 

国内の3つの要塞だったところには

現在でも戦跡が多数残っています。

 

その中で、おもに奄美大島と豊予について、

公開して見学できる戦跡のいくつかを紹介します。

 

 

 

 

 

豊予要塞

 

愛媛県側 佐田岬穹窖砲台

愛媛県佐田岬穹窖砲台<第3・第4砲台>(2020年11月訪問)

 

 

大分県 関崎砲台

 

豊予要塞大分県大分市関崎砲台(’18年訪問・再編集版)

 

 

大分県 丹賀砲台

 

大分県佐伯市豊予要塞丹賀砲台(2017年訪問・再編集版)

 

 

鶴見崎砲台  観測所

 

大分県佐伯市陸軍鶴御崎砲台・海軍聴測隊(2017年訪問・再編集版)

 

仙崎砲台

 

大分県佐伯市海軍仙崎海面砲台(’17年訪問・再編集版)

 

 

 

 

 

 

奄美大島要塞

 

 瀬戸内 手安弾薬本庫

陸軍弾薬庫比較・・奄美大島瀬戸内と小笠原父島

 

瀬戸内 陸軍西古見砲台 観測所

 

奄美大島瀬戸内町(大島側)の戦跡(’19年訪問・再編集版)

 

 

加計呂麻島 吞之浦  震用隊壕とレプリカの艇

作家・島尾敏雄氏は吞之浦の隊長だった方です。

その場所に彼の文学碑もあります。

 

加計呂麻島 三浦 海軍艦艇給水用ダム

 

奄美・瀬戸内町加計呂麻島の戦跡(’19年訪問・再編集版)

 

 

 

 

父島

 

小笠原・父島の戦跡

 

父島戦争概要

 

 

 

 

 

3要塞の連携について

 

この3つの要塞については現在、

特に連携したつながりはありません。

コロナ禍が過ぎたあと、今後、なにかできるといいと思っています。

 

まずはそれぞれの情報交換・交流から。

メンバーは自治体関係者や戦跡にからむ民間団体、個人、ガイドさんなどで。

できれば、それぞれの地を訪ねる視察会を企画し、

そこでの交流がいいかと思います。

 

さらには

シンポジウムや交流ツアーなどもできるいいですね。

 

まずは自治体の関係者が動いてくれればいいなと思っています。

いかがでしょう?

 

小笠原村は地元なので、僕が働きかけられます。

奄美大島瀬戸内町にも実務担当者と面識はありますが、

豊予は大分も愛媛も面識のある人がいません。

 

いい方向で進ませたいものです。

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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