小笠原マルベリー

「咸臨丸航海長 小野友五郎の生涯」(藤井哲博)


 

「咸臨丸航海長 小野友五郎の生涯」(藤井哲博)

 

概要

 

昭和60年(1985)発行、「咸臨丸航海長 小野友五郎の生涯」(藤井哲博)

 

咸臨丸がアメリカに派遣されたとき、

航海長(運用方兼測量方)であった、小野友五郎(おのともごろう)。

 

幕府が咸臨丸で小笠原に来た時、小野は艦長となっていました。

4章「小笠原群島領有権の主張」で小笠原探検のことが書かれています。

 

小野の人生、すっと船がらみというわけではありません。

船から降りたあと、幕府に仕え、明治以降は鉄道や製塩にもかかわりました。

 

正確な計算を武器として、航海、造船、財務、鉄道、製塩など、

おもに技術者として多方面で活躍した人物です。

幕末から明治にかけての日本の発展の基礎を築いた1人であることは

間違いありません。

 

 

 

 

 

目次

 

序章 随伴艦・咸臨丸にて

Ⅰ 和算家から天文方へ

Ⅱ 長崎海軍伝習所の日々

Ⅲ 幕末・江戸湾の地政学

Ⅳ 小笠原群島所有権の主張

Ⅴ 東奔西走のテクノクラート

Ⅵ 米国再航――既製軍艦の買付け

Ⅶ 幕府瓦解と「勅諚」下獄

Ⅷ 明治・鉄道事始――幹線は東海道か中山道か

Ⅸ 新官僚に託す夢

Ⅹ 維新後のライフ・ワーク――塩業

終章 幕末海軍の功労者は誰か

 

 

 

 

 

小野友五郎についての記事

 

<笠間市の動画>

 

 

「 日本人のおなまえっ!」登場の田中鶴吉は小笠原にも住んでいた

 

「幕末の円高仕掛人 水野忠徳の生涯」( 野田秀行)

 

 

 

 

小笠原での足跡

 

残念ながら、小野氏の足跡を伝えるものは何も残っていません。

強いていえば、咸臨丸がらみで、咸臨丸墓地でしょうか。

 

ここは歴史ツアーで訪ねます。

 

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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