要塞神社・・陸軍要塞司令部裏の斜面上に
目次
概要
父島西町には、
かつて陸軍要塞司令部がありました。
司令部裏にある斜面の上の方に、
要塞神社も建立されていました。
司令部裏から、
坂を上ってお参りしたものと考えます。
戦後、
司令部の場所は住宅地になっています。
坂の上にあった神社の場所は樹林になっています。
残っているのは
祠の基礎、石灯篭、碑などです。
祠の基礎や石灯篭は藪の中に残っています。
祠基礎やその周辺は
立派なブロック状の石積みで作られていました。
要塞神社碑は都道沿いの道端にあります。
資料によると、
戦後、下の谷にあったものを、現在の位置に運んだ、
ということです。
碑は、表面「要塞神社」
裏面「第十二代要・・ 陸軍大佐・・・」
これは
十二代要塞司令官は川上護大佐と推定されます。
<碑の裏面>
昭和17年5月14日には、例大祭が行われています。
「14日(木):午前中は小港へ魚釣りに行く。
要塞神社のお祭りで、大村小学校校庭で、
兵隊の余興があって、大変に賑やかであった。」
神社の建立も、このころと推定されています。
なお、現在の碑の位置と神社の位置は、
谷を隔ててかなり離れてしまっています。
祠基礎・石灯籠の場所
祠基礎
祠基礎や後ろの壁はブロック状の石積み
斜面下から階段が残っています
上から見下ろしたところ
祠の前に石灯籠も残ります
要塞神社碑
表面「要塞神社」
裏面「第十二・・・陸軍大佐・・」
かなり文字が欠けています
「第十二代要塞司令官 陸軍大佐川上護」と推定します
見るには?
祠の方は藪の中で、足場も悪いので、
行くのが大変です。
ツアーで行くことはまずありません。
碑は道端にあるので、
前を通ったときに紹介したりします。
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