小笠原マルベリー

奥村・漂流者冥福碑(咸臨丸墓地内)


 

奥村・漂流者冥福碑(咸臨丸墓地内)

 

概要

 

父島奥村の山すそにある咸臨丸墓地。

咸臨丸 – Wikipedia

咸臨丸終焉の海・・北海道木古内町サラキ岬

 

その墓地群の中央部に「漂流者冥福碑」があります。

村の指定有形文化財となっています。

文化財 | 小笠原村公式サイト (vill.ogasawara.tokyo.jp)

 

設置したのは、

文久2年8月(1862年9月)、江戸幕府によるものです。

ですから、

この碑を運んだのは咸臨丸ではなく、朝陽丸でした。

朝陽丸 – Wikipedia

 

碑の中央上部に「冥福」とあります。

下部には右から時代が古い順に名前書かれています。

そのあとに、

「以上十七人者享保元文間年月不分明死於小笠原嶋中」

なっています。

 

幕府が把握していた

1669-1740ごろに、小笠原で亡くなったであろう人の名前です。

 

歴史家の方が調べた結果では

小笠原で亡くなったのが確実なのは初めの1人だけです。

残りの方は鳥島だったりしたようです。

 

さて、その初めの1人ですが、

「阿州浅川浦 船頭勘左衛門 寛文九年冬死小笠原島中」

とあります。

実際に亡くなったのは、

寛文10年になってからだったようです。

また勘左衛門ではなく、勘右衛門のようです。

 

この船のメンバーがたどりつき、

後に本州まで戻り、幕府に報告しています。

 

これが

記録のある日本人がこの島にたどり着いた最初です。

寛文10年、1670年のことでした。

 

1593年、小笠原貞頼が発見というのがありますが、

これは事実に基づくものではありません。

 

 

 

現地の様子

 

咸臨丸墓地全景

薄い対策でかさ上げして、周りをかためています

 

中央部が冥福碑

 

説明板

文面

「文久元年12月(1862年1月)、江戸幕府は小笠原島回収・開拓のため、

 外国奉行水野筑後守忠徳率いる一行を幕府軍艦咸臨丸で派遣し、

 小笠原島を調査させた 翌年の文久2年8月(1862年9月)、

 八丈島の移民を乗せた幕府軍艦朝陽丸で、この碑を運搬し奥村の地に建立した。

 小笠原島に漂流し亡くなった と思われる者の霊を慰めるためである。

 同時期に建てられた小笠原新治碑(父島字扇浦)とともに、

 小笠原島が日本の古くからの領土である証拠の一つとなるよ うに

 との意味もあって建てられたものである。

 平成5年(1993年)、小笠原村が土砂に埋もれていたこの碑を掘り起こし、

 他の墓石等とともに周辺より一段高くして、土砂に埋もれないよう整備した。」

 

 

説明板

文面(一部略)

「文久2年に幕府によって建立された。

 1669年-1740年にかけて、小笠原に漂着し、

 漂流中に死亡したと思われる人々の霊を慰めるための「冥福の碑」。

 (阿州浅川浦 船頭・勘左衛門

  寛文9年冬死于小笠原島中  

 

  遠州荒井 船頭・佐太夫。

       水主・善三 喜三郎 八太夫 権五郎 善太郎 八兵衛 。 

  豆州岩地村 水主・権次郎  

  奥州南部 便船人・孫四郎

  遠州荒井 船主・佐太夫 

  不審生国 水主・水助 

  不審名者 6人。 

  以上十七人者享保元文間年月不分明死於小笠原嶋中)

 

 

 

冥福碑

 

表題  冥福

 

漂流者の名簿 かなり読みづらい

 

一番右が最も古い亜州浅川浦船頭の名前

寛文9年  *実際には寛文10年(1670年)

 

 

 

 

 

見るには? 

 

奥村夜明道路沿いにあり、道路沿いに看板もあります。

自由に見学できます。

 

歴史ツアーで訪れます。

 

歴史・史跡ツアー

 

 

 

 

史跡参考

 

小笠原・父島の史跡・碑

 

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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