小笠原マルベリー

扇浦海岸レストハウスそばの「小花作助之碑」


 

 

概要

 

扇浦海岸レストハウスそばにある「小花作助之碑」。

小笠原諸島返還20周年記念事業によるもので、

その実行委員会建立です。

(返還は1968/6/26)

 

昭和63年(1988)12月27日、一般の観覧に供しました。

(正式な除幕式日付は不明)

明治9年(1876)12月27日、

小花が小笠原島出張所長として着任した日です。

月日を合わせたのですね。

 

なぜこの地にこの碑があるかというと、

小花が島にいたころはこの地に役所があったためと

考えられます。

(江戸幕府・明治政府の時とも)

 

小花作助は

一般にはそれほど知られた人ではありません。

島民だって、やや認識は薄い人かと思います。

 

そのせいか、正直言うと、

この碑はあまり皆に親しまれてはいないように見受けます。

ごくまれに、

説明板を読んでくれている人がいる程度です。

残念ですが、これが実態。

 

しかし、

幕末から明治にかけての小花の功績は大きいです。

もっと、知られてもいい人物ですね。

 

 

 

 

 

 

小笠原での実績

 

説明板

 

小花は小笠原に3回に渡って来島しています。

初回:1862年、咸臨丸での来島。

   小笠原島役所の支配元締めとして滞在

2回目:1875年、明治丸で来島。

    明治政府による調査で滞在

3回目:1876年、太平丸で来島。

   内務省小笠原出張所初代所長として滞在。

 

 

 

 

碑の様子

 

正面全景

扇浦海岸レストハウスのすぐ前にあり、道路側を向く

 

裏面

 

裏面左下  小笠原村長 安藤光一(建立当時の村長)

 

 

 

 

小花橋

 

小花作助にちなんだ、

碑から100mほどに小花橋があります。

 

小花橋

連珠ダムから海に注ぐ沢が下に流れています

(名前はないようです)

R03gaiyou.pdf (tokyo.lg.jp)(126ページ)

 

橋の下部分

 

 

 

 

 

小花作助の墓

 

 

夫婦の墓が

東京・谷中霊園に建立されている。

 

小花作助夫婦の墓(谷中霊園)

 

 

 

 

 

見るには?

 

扇浦海岸のレストハウスの前にあり、すぐわかります。

説明板もあります。

 

扇浦は歴史ツアーで定番なので、

その時に紹介しています。

 

歴史・史跡ツアー

 

 

 

 

参考

 

小笠原・父島の史跡・碑

 

小笠原の概略紹介

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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