小笠原マルベリー

父島海軍通信隊本隊・受信所遺構(小笠原中学校裏)


 

概要

 

1914年から、

父島では電信山に通信所がありました。

 

父島海軍通信隊清瀬送信所(元父島北特設望楼)遺構

 

1937年(昭和12)からは、

父島海軍通信隊の本隊と受信所が、

小笠原中学校と隣接するNTT敷地に設置された。

清瀬のの送信だけとなった。

 

その後、扇浦に電波方位測定所、

夜明山に送信所なども建設されました。

 

海軍通信隊夜明山送信所

 

返還後、小笠原中学校とNTTができ、

通信隊本隊・受信所施設の大部分は壊されました。

 

現存するのは油庫と貯水槽(?)です。

油庫は倉庫(?)として利用されています。

貯水槽(?)は高台にあります。

 

今後、校舎の建て替えに伴い、

油庫も取り壊されるのであろうと思います。

 

貯水槽は、

放置されたまま残るであろうかと思います。

貯水槽の下の石垣は3段になっていて、

この石垣も残す価値があろうかと思います。

 

海軍通信隊本隊裏、3段の高い石垣

 

 

 

 

現地の様子

 

本隊(右・中学校)と受信所(左・NTT)跡

 

発電所(コンテナのあたり)と油庫(奥に現存)

 

油庫 入口側

 

油庫窓側

 

油庫の窓

 

軍事施設で窓が現存し、鉄が残る窓は、

父島ではここぐらいで、かなり珍しい

 

 

高台にある貯水槽?

 

同 外観

 

貯水槽 近景

 

貯水槽 近景(2)

 

貯水槽の下の石垣(3段)

 

 

 

 

 

見るには?

 

この場所は小笠原中学校裏手にあります。

部外者の立ち入りは、

念のため、中学校に連絡した方がいいです。

 

戦跡ツアーで訪ねることはできます。

 

戦跡ツアー

 

 

 

 

 

参考

 

小笠原・父島の戦跡

 

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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