小笠原マルベリー

「ペリーとともに」(フレデリック・トラウトマン)


 

 

概要

2018年7月発行、

「ペリーとともに」(フレデリック・トラウトマン)。

ペリーとともに – 三一書房 – San-Ichi Shobo 

 

原題は、「With Perry to Japan」。

ともにという人物は、

画家のウィリアム・ハイネのこと。

ヴィルヘルム・ハイネ – Wikipedia

 

ハイネのドイツ語手記を、

著者がその主要な部分を英訳したもの。

さらに日本語訳は座本勝之による。

 

ハイネは、ペリーの日本遠征に随行した。

ペリーに対して敬意を表していて、

「第二の父親」という表現もあった。

 

「ペリー艦隊日本遠征記 上・下」(オフィス宮崎 編訳)

 

本書では、アメリカを経つところから、

日本を去るまでが書かれている。

タイトルのとおり、ほとんどは日本でのこと。

ハイネの絵も挿絵として少しある。

 

ペリー提督の日本遠征記では

政治的な駆け引き部分がかなり多い。

 

日本遠征記と、重複はあるが、

ハイネは民俗的な部分をおもに取り上げている。

当時の国内の文化や風習などがよく描かれる。

 

当時の生活や風習に興味のある方には、

とても参考になるかと思う、

 

 

 

 

 

 

<目次>

 

序章   ハイネの生涯

第1章  ハイネ、日本遠征隊に加わる

第2章  琉球へー最初の訪問

第3章  ペリー提督、琉球王朝へ公式訪問

第4章  小笠原諸島(ボニン・アイランズ)

第5章  再び琉球へ

第6章  江戸湾へー最初の訪問

第7章  幕府高官との会見

第8章  マカオでの幕間劇

第9章  マカオでの幕間劇(続)

第10章  琉球へー三度目の訪問

第11章  再び江戸湾へ

第12章  交渉の開始

第13章  下 田

第14章  下 田(続)

第15章  箱 館

第16章  日本からの出航

第17章  最後の琉球訪問

第18章  帰 国

ウィリアム・ハイネの年代記

注釈

 

 

 

 

 

小笠原関連

 

4章は、小笠原諸島訪問の様子です。

ハイネは、

小笠原の自然に、かなり興味をひいたようです。

滞在中に、

ノブタ・ノヤギを銃で獲ったことも書かれている。

 

 

 

 

 

参考:ペリー関連

 

「ペリー提督来航記念碑」(1853年来航)

 

小笠原に来なくてはいけない理由、その47「ペリー提督が訪れた島だから」

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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