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北硫黄島調査上陸(2009年訪島・再編集版)


北硫黄島調査上陸(2009年訪島・再編集版)

 

2009-6-16~20、

広島大学植物調査において、運搬、調査サポートとして訪島しました。

北硫黄島では、標高200Mほどの製糖工場跡地で、4泊しました。

僕は山頂アタック部隊ではなく、標高500M程の稜線(コル)まで上りました。

 

そのときの写真記録です。

 

現在2020年で、あれから10年以上経ちました。

年齢も10歳以上プラスで50代後半、もうこういうことやれる体力はないですね。

いい思い出です。

 

「行動」
6/15 19:00ごろ父島より漁船で出発

6/16 
4:00ころ到着
その後、上陸・海岸への荷揚げ、荷物整理。
その後、標高200mにある製糖工場(ベースキャンプ)まで荷揚げ2往復。

6/17
5:00起床・朝食
6:00より調査しながら下山、午後荷揚げ。

6/18
5:00起床・朝食
コルまで登山、のち調査しながら製糖工場まで下山。

6/19
6:00起床・朝食
7:00より、製糖工場周辺調査。

6/20
5:00起床・朝食・下山準備。
6:00下山。下山後、撤収作業。
11:30 乗船作業開始、乗船後父島へ。

6/21
3:30無事、父島着

 


到着直前の遠景


全景


近景


上陸地点海岸風景


上陸光景


渋沢付近登山光景


製糖工場跡地(ベースキャンプ)


精糖工場ガジュマル遠望


稜線遠望


ふもとの旧石野村階段


コル手前ビロウ平


コル付近登山


旧西村付近


旧石野村付近


ビロウ平遠望


イオウノボタン


イオウトウキイイチゴ

 


アツバシマザクラ

 


ガクアジサイ

 

北硫黄島までは父島から200kmほど離れています。

この調査は漁船で行って、

往路は10時間ほど、帰路はもっと時間かけてかなりゆっくりでした。

 

戦前、北硫黄島には人が住んでいました。

石野村と西村と2つ集落がありあました。

戦後、無人島となっています。

 

標高200Mぐらいに製糖工場もあったようで、

このときはその跡地でキャンプしました。。

 

さらに山頂付近のなだらかなところには牧場もあったと聞きます。

現在は途中が崖地になっていて、きちんとした登山装備がないと行くのは困難です。

 

僕は崖の手前の標高500Mほどの稜線(コル)まで行きました。

その辺まで行くと、雲霧林となっています。

 

北硫黄島

 

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この記事を書いた人

吉井 信秋

大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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