小笠原マルベリー

長野市、栗林忠道墓所・松代象山地下壕(2008年訪問、再編集版)


 

長野市、栗林忠道墓所・松代象山地下壕(2008年訪問、再編集版)

 

概要

 

2008-11月、長野県長野市松代を視察した記録です。

 

このときは長野県で用事があり、

そのあとで松代を訪れて、2つ訪問したあとは、十福の湯でリラックスしました。

http://www.zippuku.net/

 

栗林忠道氏の墓は松代郊外の明徳寺(現在は長野市)にあります。

https://www.nagano-cvb.or.jp/modules/sightseeing/page/39

 

栗林忠道氏はご存じ通り、玉砕した硫黄島の指揮官だった方です。

亡くなる直前までは陸軍中将でした。

栗林氏はこの松代出身(現在は長野市)だったのです。

 

栗林氏の墓を訪れる人は多いのでしょうね。

ちゃんと案内板があります。

 

松代象山地下壕は、戦争末期、

軍部が極秘に大本営、政府機関等を松代に移すという計画の下、構築した地下壕です。

実際の移転まではなく、終戦となりました。

(象山・・ぞうざん)

 

見学できるのはその一部で、全体はかなりの大きさ(長さ)になっているようです。

http://www.matsushiro-kankou.com/modules/sightseeing/index.php?action=FacilityView&facility_id=20

 

 

栗林墓所

 


松代・明徳寺


陸軍大将栗林忠道之墓


墓拡大

 


案内標識

 

 

 

松代象山地下壕

 


松代象山地下壕案内板


案内板


地下壕入り口


地下壕内部


削岩機ロッド跡


削岩機ロッド


測点跡


内部の案内図・電話


トロッコ枕木跡


枕木跡

 

 

 

小笠原との関連

 

1944年、陸軍指揮官として小笠原・硫黄島に着任した栗林中将。

1954年に、戦場となり、3月末に戦争で亡くなります。

残念ながら、硫黄島に観光で行くことはできません。

父島にはほぼ足跡はありません。

 

村主催硫黄島訪島事業で上陸した硫黄島(2007年・再編集版)

 

「玉砕総指揮官」の絵手紙(栗林忠道)

「玉砕総指揮官」の絵手紙(栗林忠道) | 小笠原マルベリー (ogasawara-mulberry.net)

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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