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父島に残る七糎野戦高射砲は7門?


 

父島に残る七糎野戦高射砲は7門?

 

 

 

防空砲台

 

父島では1941年から、

陸軍が夜明山に、八八式七糎野戦高射砲を4門据えていました。

対空防御のためです。砲台跡が4つ残っています。

 

   

砲台跡

 

 

 

 

夜明山高射砲

 

戦争末期にはそれが洞窟陣地の中に移されました。

3門は夜明山の2つの陣地にあります。

(あとの1門はどこに移されたか不明です。)

 

砲1

 

砲2

 

砲3

 

 

 

 

他の場所

 

それ以外に千尋岩付近に2門。

https://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/473540664.html

 

さらに洲崎に1門。

https://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/473839903.html

 

吹割山陣地にも1門。

陸軍吹割山平射砲台

 

型式も同じ八八式かどうかは分かりませんが、

残骸の架台などからして七糎野戦高射砲と思われます。

 

とすると父島に7門はあることになります。

もともと夜明山に4門あったのは間違いないですが

残りの3門はどこに据えてあったのでしょうか?

 

また実際には何門あったのでしょうね。

調査が必要ですね。

 

 

 

補足

 

砲に残る刻印

「八八式七糎野戦高射砲   昭和十六年製」

 

監視所の上にある慰霊板

「慰霊碑 第百九師団高射砲隊戦没者 夜明会 昭和46年5月」

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    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

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