小笠原マルベリー

父島の墓地(旧大根山、扇浦、大根山、咸臨丸、海軍)


 

 

概要

 

父島には

まとまった墓地が5か所ある。

 

父島の神社・教会・寺・墓地など

 

そのうち島民向けは3か所。

 

戦前からある墓地が2か所で、旧大根山と扇浦(小曲) 。

それぞれの地区における当時の住民の墓地であった。

返還後、帰島していない家系の方の墓は

手入れがなく、無縁墓地のようになっている。

 

返還後の新設が大根山。

親族がいるので、手入れが行き届く。

 

咸臨丸墓地は、

咸臨丸関係者や幕末、明治初期の墓が建立される。

 

海軍墓地は

墓地付近で亡くなったおもに設営隊の方の墓。

 

 

 

 

 

島民の墓地

 

 

旧大根山

 

道路沿いの手入れが行き届くエリアと、

林内で無縁墓地のようになっているエリアがある。

手入れが行き届くのは欧米系(在来島民家系)が多く、

無縁墓地は旧島民家系が主だっている。

 

小笠原に来なくてはいけない理由、その37「小笠原の住民には3つの区分がある」

 

 

墓所

 

墓所

 

 

1830年に定住開始した欧米系の島民の代表格、

ナサニエル・セーボレーの墓もある。

 

「ナサニエル・セボレーの墓碑」(都指定有形文化財)

 

他にも、

大橋淳蔵や永島辰次郎の碑が残る。

 

故大橋淳蔵之碑(旧大根山墓地内)

 

故永島辰次郎君碑文(旧大根山墓地)

 

 

 

扇浦(小曲)

 

ほとんどが旧島民系の墓。

手入れされるものとそうでない墓が混在。

手入れされない墓は、

返還後に帰島していない家系と思われる。

 

旧扇浦墓地入口付近

小笠原亜熱帯農業センターが隣接する

 

 

手入れのされない墓が多い

 

大戦前、満州に出兵し戦死の方の墓

 

 

 

 

大根山

 

返還後に新設された墓地。

村の施設で、1994年(平成6年)から運営されている。

手入れが行き届く。

 

 

休憩所

 

墓所

 

墓所

 

大根山公園・墓地に残る戦跡

 

 

 

咸臨丸墓地

 

咸臨丸関係者や幕末、明治初期の墓が建立される。

 

墓と碑

 

奥村・咸臨丸墓地にある墓や碑

 

 

 

 

海軍

 

海軍墓地は

墓地付近で亡くなったおもに設営隊の方の墓。

 

碑を囲むように、三方に墓がならぶ

 

「大東亜戦争海軍戦没将兵之碑」と戦没者墓(奧村海軍墓地)

 

 

 

 

 

訪問は

 

 

いずれの墓地も自由に訪れることができる。

島民の墓地は、

お参りの方への配慮も必要。

 

 

旧大根山、大根山は

まちから徒歩15分ほど。

 

咸臨丸、海軍は

奥村地区でまちから15-20分。

 

扇浦は

扇浦地区の小笠原亜熱帯農業センター付近にある。

やや場所が分かりにくい。

 

ツアーで訪れるのは

大根山、旧大根山、咸臨丸、海軍など。

各種ツアーで行くことがある。

 

 

全ツアーメニュー

 

メールでのお問い合わせはこちら

メールでのお問い合わせ

マルベリーでは、山歩き(千尋岩)、森歩き、戦跡ツアー、スター&ナイトツアー、サンセット・ナイト、歴史ツアーなどを開催しております。

    は必須項目です。必ずご記入ください。

    お名前

    ふりがな

    メールアドレス

    ご住所


    お電話番号

    お問合せ内容

    個人情報の取り扱い

    個人情報保護方針に同意し、送信する

    この記事を書いた人

    吉井 信秋

    大阪市旭区生まれ。 茨城県立水戸一高で硬式野球部所属。 北海道大学農学部林産学科(現・森林科学科)卒業。 某企業に就職、栃木県鹿沼市の研究所に配属される。 数年後、異動により東京勤務。さらに数年後、依願退職。 その後、小笠原・父島に移住。 島でいくつかの仕事を経験後、2000年独立開業。 小笠原で山歩き、森歩き、戦跡などの陸域専門ガイドを勤める。

    この著者の記事一覧

    コメントは受け付けていません。


    関連記事RELATED ARTICLE

    PAGE TOP